北風に千鳥格子

なりゆきで始まった超私的ブログ。更新凍結。近日ネットの藻屑と消えます

Monday, July 12, 2010

春のアニメの感想そのいち。

ついにアニメ感想ブログ化おめでとう!おめでとう!すべてのojiにおめでとう!です。(もはや自己紹介ですらない)

まあ前回予告した「春アニメ」感想編です。これ書いてて思ったんだけど、「アニメ感想」ってすべて観終わった後より、進行中でやってるものについて書くほうが面白いんですよね。書くほうも読むほうも。

書くほうは今後の展開予想とかいろいろ妄想できるし、読むほうも面白そうなら「じゃ、ちょっとチェックしてみるか」ってなるし・・・まあ、今後の反省点ということで。

長くなったので二回に分けてアップします。

・にちようび
「荒川アンダーザブリッジ」

「聖☆お兄さん」で一躍カネを稼いだ中村光がけっこう前から連載してたまんがのアニメ化。原作をガンガン消費するテンポが気持ちいい。

正直、最近よくある漫才みたいなツッコミの入るギャグ漫画には辟易してたんですよ。必ずツッコミ役がいて「オイィ!XXかよ!」みたいなツッコミをいれるやつ。でもこれはわりと観れちゃった感があります。パターンがそれだけでもないからかな。

あとオープニングが非常に良い。やくしまるえつこは明らかに歌はうまくない方なのになぜか耳に残る魅力がある。ojiの幾千ある恥ずかしい秘密のうちのひとつは相対性理論のCDを持っていることです。

・げつようび
「閃光のナイトレイド」

「アニメノチカラ」2作目にして「アニメノチカラとはなんだったのか・・」とネット上で散々叩かれた問題作。

ま、僕は好きだけどな!こーいうの!「歴史の裏には実はスパイのこんな活躍があった」モノも好きだし、「地味に超能力を使うスパイ」モノも大好きなのでまあ非常に僕得な話でした。スパイ仲間の二人が、日常のシーンでときどき政治について論じてたりするのもニヤリとしてしまうし、それがのちの展開への伏線になっているところも上手い。

まあいろいろアラはあるしキャラ萌えはないし、せっかくカッコいい葉加瀬太郎のテーマ曲が(おそらくは使用料の関係で)劇中でさっぱり使われないというのもひどい点である。でも「歴史スパイ」という面倒くさいし流行らないB級映画テーマを取り上げてくれたことは評価したい。つまり僕は好きだけどな!こーいうの!というわけです。

・かようび
「けいおん!!」

これに関してはこないだも書いたし、まだ進行中なのでいつか別枠で書きます。まあ、僕はあえていうならムギ派であることを宣言しておきます。人生でこんな宣言する機会皆無だし。まゆげをキリッと吊り上げてピントのずれた発言をするところがたまらんのですよ。

・もくようび
「四畳半神話体系」

これは僕の今期最強アニメですね。まあ森見登美彦原作で中村佑介の絵・・・という時点で僕が観ない理由はないわけですが。

まず最初に観たときに「そうきたか!」となりました。もともと原作も「パラレルワールドもの」なんですが、そこでは主人公の「私」はそれぞれの世界でハッピーエンドを迎えます。ところが、アニメでは必ず毎週の最後で自分の選択を後悔する流れになるんですね。そして「あのときあのサークルを選んでいれば・・」というモノローグとともに時間が巻き戻る描写を挟んで次回へ続く、てな感じ。

毎週続くアニメーションという形態に合わせた脚色となっていて、もうこれだけで「グッド!」て感じでした。

時折挿入されるオリジナルエピソードも、原作独特の「私」の思想や口調を非常に上手く踏襲しております。あと明石さんがかわいい。毎回毎回盛大に空回る「私」、いつかは幸せになれるのか・・?と観てるほうもヤキモキさせられ、あと明石さんがかわいい。最終回に至るころには、原作を脚色したうえであえて原作より一歩進めたテーマ性を持っていることに気づかされ、これが「メディアミックス」の醍醐味だなあ、と思う間にも明石さんがかわいい。

「小津先輩、死にます!」は名言だなあ。うん。他のアニメはまたいつか。

Monday, July 05, 2010

もうすぐ切ない夏が来る。

これをポチったものの、いったいそれでどうしたいのかを自分の胸に問い直すべきだと思ったojiです。

録っといた先週の「けいおん!!」を観た。今回はこれまでのシリーズでわずかずつ示唆されてきた「あずにゃんぼっち問題」をかなりはっきりとした描いておりその切なさに死にそうになったでござる。

※「あずにゃんぼっち問題」とは!?メンバーの一人、あずにゃんこと中野梓は軽音部唯一の二年生である。軽音部には一年生の部員もいないため、初期メンバーの四人が卒業したら彼女一人ぼっちになってしまう。毎回のエピソードが楽しいものである程、その「確定した寂しい未来」に梓も視聴者も不安を抱かずにはおれないという問題である。

劇中の梓の「やっぱり軽音部の人たちといるの楽しい・・」って感覚、学生時代に部活とか、一つのコミュニティにどっぷりだった人なら共感できるよなあ、て本当に思う。そこそこ付き合いのあるクラスの人達といるのも楽しいけど、やっぱり「いつものメンバー」と一緒が一番だと実感する瞬間。ここが自分が選んだ居場所で、「ホーム」なんだって感覚。

でもそれがいつまでも続くことはないということもわかっていて。夢のようにきれいな花火もいつかはすべて散ってしまって、あとの夜空には白い煙が残るだけ。地上の人々は茫然とそれを眺めるだけ。ねえ、楽しい時間はどうして終わってしまうの?

ああ、もうダメ!考えちゃダメ!考えてもいいけど!考えたほうがいいけど!筋なんかとくにねーはずの「けいおん!!」に一本気になる課題が出てきて今後の展開が気になる、という話。

いわゆる「春アニメ」はちょっと本数を見すぎた感があります。次回ではそれぞれの感想を語る予定。

Thursday, July 01, 2010

誰得のショーこそが至高。

部屋を明るくして離れて眺めた方がいいojiです(生き様的に)。

今回は「宇宙ショーへようこそ」の感想・・というか観覧後の僕の感情をネタバレを抑えて書いていこうかと。

待ちに待った「宇宙ショーへようこそ」を観た後、僕はめったにやらない「宇宙ショー」のネット感想検索をしておった。普段はそんなこと絶対にやらない。どんな作品であれ、他人の感想を読んでも自分の評価は変わらないと思っているからだ。

自分が「グッド!」と思ったものは少なくともその時点で絶対にグッドだし、自分が「クソだぜ!」と思ったものが世間で大絶賛されていても「そんなもんかな」と思うだけだ。または「自分にはまだ早かったのかもしれない。もうちょっとotaku研鑽を経ればわかるかも」とかね。

だいたい、もともとが本や映画のネット上感想なんて当てにならない。なんせ嗜好や年代や遍歴もさまざまな人たちが書き散らかしたものの集合体なわけだから、自分にとってプラスになる発見をする方が少ない。

それでも僕は検索してしまった。自分でもなぜかわからない衝動にまかせるまま。そして、某巨大掲示板上で見かけたある一言で、僕はその衝動の正体に気づくことになるのだった。

「細田守に続いて、普通の人に「舛成孝二って監督もいいぜ!」と言えるような作品を期待してたのだが・・・ 」

これだ!まさにこれ。これなんだ・・。思い出したよ。2006年のクソ暑かったあの夏、大して期待もせずなんとなく観た「時をかける少女」が意外に面白くて、友人に勧めたところ「面白いね!」って言ってもらえたときのあの感覚。その後あれよあれよという間に大ヒット作になっていったとき、僕は確かにうれしかったんだ。

そんな感覚を今回の「宇宙ショーへようこそ」にも期待していた自分がいたんだ。

しかし、そんな期待は、残念ながら裏切られた・・と、言わざるを得ない。

映画は確かに最高だった。満足感にぽわぽわと浸りながら映画館を出た。「これはしばらく経ってからもう一度観るのもありかな」とさえ思えていた。それは今もそうだ。しかし、しばらくたつと僕の中にある「違和感」が芽を出し育ち始めた。

つまり、僕にとっては最高だったけど、人にはあまり勧められない作品ではないかという評価だ。すくなくとも体裁は明らかにファミリー向けなのに。

第一に、長い(138分)。

第二に、盛り上がりというか、悪役をバシーン!と倒してスカッ!とする感覚が意外とない(ないわけじゃない)。「サマーウォーズ」みたいな「うおお!燃え!」っていう感覚があんまりない。これ、「R.O.D」でもそうだったんだよなあ・・。アクションはすごいのになぜかそこまで気持ち良くないっていう。もったいなさすぎる。

第三に、「画や演出で語ったら言葉は使わない」舛成監督の独自の演出手法。ちゃんと見ればわかる、けれども、ちゃんと見ないとわからない。消化不良を起こす人は多いと思われるし、実際ネット上でもそうだった。僕は初見でもだいたい疑問はなかったけれども、それは舛成演出倉田脚本に慣れているからかもしれない。

詳しい内容についてはまあしばらくのち、もう一回観てから書きます(これは決定事項です)。繰り返すけど僕自身には最高級に面白かったんですよ。とにかく作りが丁寧で、いちいち比べるのもなんだけど「サマーウォーズ」で手を抜いた部分を「宇宙ショー」はしっかり作ってる感じ。ああ、映画って難しいんだなあ・・。そして大好きな作品の否定的な部分を書くのがこんなにつらいとは・・。

でも、逆にこれ、子供はすごく喜ぶと思います。難しいこと考えなくても、単純に主人公の子供たちと一緒に笑ったり、泣いたりしながらキャッキャと楽しめる映画になってると思います。今は知らんけど昔の劇場版ドラえもんみたいなね。大人は、まあ・・マニアは喜ぶんじゃないかな・・。

Monday, March 01, 2010

otakuは感想を書かずにいられない。

このブログで最も個人的なコンテンツであるアニメ感想を書き綴るojiです。

先日「涼宮ハルヒの消失」をようやく観てきました。僕は言うまでもなく基本的に人間嫌いなので、満員の映画館はある意味試練となるわけです。というわけで3週間という期間を空けての鑑賞となったわけですが、まーやっぱりまだまだ人が多かったですね。たかがアニメだというのに!(お前だ)

ま、結論から言ってとても楽しめました。いや、楽しめたなんてもんじゃなくて、未だにハルヒ系の絵とか見ただけで胸がキュンと来るくらい心に染み込みやがったんですけどね。あとできることならば原作の記憶をすべて消去してから観たかったなあ、と。この出来は完全に小説を凌駕してます。・・絶賛やないですか。以後ネタバレ全開感想。

その1・そもそもハルヒとはどんな話であったか
最初にちょっとTVシリーズに触れておきます。
僕が「涼宮ハルヒの憂鬱」を最初に見てナイス!と思ったのは、「物語のテーマと、作中の世界のルールがちゃんとリンクしている」というところです。ま、「テーマ」っていうとちょっと大げさなんですけど、要は物語の本筋というかあらすじというか、一番骨格になるところです。で、作中のルール(設定)がちゃんとその本筋を引き立てるものになっている、と感じたんですね。

いろんな意見もありましょうし、こういうこと言うのは野暮とわかりつつ言うんですが、僕は「憂鬱」とは「非日常への憧憬と、日常への回帰」を描いた物語だと感じたんですね。つまり「現実には無いものにばかり憧れている女の子が、現実を受け入れて現実の方を楽しくしていこうと変わる物語」と言う感じ。まー言っちゃえば単純な気もしますが、本当にこれだけ。

「現実には無いものの憧れ」がつまりはハルヒの世界改変能力であり、さらに進んで「現実への絶望」となったのが例の神人の暴走、そんな世界がどのようにして「日常の安定」をとりもどしたか・・は、ハルヒ読者には言わずもがなですね。ひとつひとつのイベントがキャラクタの心情の動きを表していて、設定自体は荒唐無稽にみえて意外とドラマがちゃんとしてるんですよ。

その2・で、「消失」はどんなだったか
ということを踏まえてようやく「消失」の話なんですが、ここでもその手法が踏襲されておりました。長門の心情・・「願望」や「迷い」といったものは、「改変された世界」や「用意した『鍵』がSOS団であったこと」に見ることができましょうし、またキョンの決心も「返却される入部届」「キョンの自分の声での『世界を大いに盛り上げる』発言」「キョン自身の手で長門を撃ちぬく(と決心する)こと」エトセトラ・・に見ることができます。どれも「物語の設定上必要だから」ではすまされないキャラクタの意志の発露を感じます。

あんな改変世界を作り上げ、そして最後の判断をキョンにゆだねた長門の心情とはいかなるものであったのか・・このあたりは主に上記のイベント及びキョンの独白によって明確に、かつまわりくどく示されます。明確だけど観客の想像力に委ねられると言うか。いやホント、想像すればするほど、胸を鎖で締め付けられたウヴォーギンのような気持ちになります(若干違う)。

その3・キョンがイケメン過ぎる件
僕は基本的には「涼宮ハルヒ」の一連のエピソードは、すべて「その1」で書いたような考えでもって「ハルヒの」物語であると解釈しています。ワガママ女王ハルヒの行動を、なんとか現実の範囲にコミットさせるよう右往左往するキョンたち。まあムチャクチャなことは起きますが、やってることはだいたい「普通の若者のやること」の範囲です。超能力者も宇宙人も時間旅行者もいない世界でもハルヒが満足し、ニコニコと笑えるようになることを目指す物語です。

ところが「消失」はもうこれ、完全に「キョンの」物語です。まあこの辺は映画や原作でもいやっつーくらい示されているのでわざわざ書くこともないっすが・・。ひとつだけ言うと、ハルヒは「憂鬱」で「非日常」から「日常」に帰ってきたわけですが、それはただの日常でなく、楽しいものがなければ作ればいいという言わば「超日常」でした。ひるがえって「消失」という物語は、キョンが「日常」側にいる振りを捨てて、ハルヒの「超日常」に参加する決心をする話だったわけです。

ハルヒとキョン、相反するキャラクターに見えても根っこは同じだろ?みたいなことが、ここでもう一度示されるのですね。「憂鬱」との対比にもなってる・・というとちょっと言い過ぎかもしれませんが。

・・ま、人間そんな決心をしたところで、世界はなべて事もなし。ラストは今後もハルヒの超日常に振り回されることを予感させるよーな終わり方でしたが、それもすごく良かったです。物語後半のキョンは本当にイケメンです。前半はアホかってくらい察しの悪さを発揮したのでどーなることかと思ってたんですけどね。

うーん、「消失」感想を書く前に「その1」で個人的なハルヒ論なぞをぶってしまったためにまたムダに長くなってしまった。しかし「なんで自分はこんなクソ萌えアニメみたいのを気に入ってしまったんだ?」というところから色々と思索をめぐらせた結果なので、いつか書いておかねばと思ったのですよ。ハルヒかわいい。

Monday, January 04, 2010

「NHKの本気」再考。

「今日の料理ビギナーズ」のトシ子がダメすぎると思うojiです。

NHK教育の「マリー&ガリー」が面白いです。正月に実家でなんとなーくテレビをつけたらこれのアンコール放送みたいのがやっててゲラゲラ笑いながら観てしまいました。

「すいエンサー」という番組の中の5分アニメですな。大体こんな番組。

マリー&ガリー(公式サイトリンク)
無口でゴスロリファッションの中学生・マリカはある日、ひょんなことから有名な科学者達が住み着く「ガリハバラ」という街へ迷い込んでしまう。科学が苦手なマリカはガリレオを始めとする個性的なガリハバラの科学者たちと一緒に触れ合い、少しずつ科学を理解しそして成長していく。

これだけ見ると一瞬科学の啓蒙アニメかな?と思ってしまうし、まあそれならそれでいいんですけど・・内容は全然そんなことはないです。極端にデフォルメされた歴史上の科学者が毎回漫才のような馬鹿騒ぎをしており、科学の啓蒙は全くしません。出てくる科学ネタもけっこう「これ子供さんはわからんだろ・・」っていうのが多いし。

・変なネタの例:
ギャルA「なんかー、ソイツ量子論と相対論が統合できるとか言っちゃってんのー」
ギャルB「マジィ!?チョーーひも理論て感じィ」

公式サイトのキャラクタ紹介を見てもらうだけでそのヒドさは垣間見えます。ガリレオやキュリー夫人はまあいいとして、ヘルツはリーゼントのヤンチャな兄ちゃん(ラーメン屋経営)だし、アルキメデス(おでん屋経営)はインチキ外国人みたいな喋りかただし、ダーウィンに至ってはなぜかロボット、フレミングはあの「左手」だけでラッパーにされてしまっておりますYO?あ、でもエジソン少年が経営に詳しくカネに汚いという設定は微妙にリアルだな。

まあでも「虹が七色というのはニュートンが作った設定である」とか、「パウリ効果」の話とか、ちょっと「へー」という感じのウンチクが盛り込まれることもあり面白いです。マニアックだけど。

かようにどの層を狙ってるのかよくわからん感のある「マリー&ガリー」ではありますが、元はといえばこの「すいエンサー」だって品川庄司の司会でAKB48のメンバーに科学実験をやらせるというよくわからん番組ではあるのだった。まあそーいった変な企画が面白いときもあるんですけどね。

この妙な感じの面白さを指して使われる言葉を僕は知っています。そう、「NHKの本気」ですね。ここで「NHKの本気」という言葉を、そのままの意味でなく一つの固有名詞的な言葉として再定義してみたい。

「NHKの本気」・・・NHKの番組にときおり観られる特異な番組企画方針。番組自体のジャンルやテーマと実際の内容やキャスティングがかみ合っておらず、どの視聴者層をターゲットにしているか一見わからないが、内容のクオリティ自体は高く思わぬところから多くの支持を得る場合に対してこの形容を用いる。

以下に例をあげる。

・サラリーマンNEO
一見サラリーマンの悲哀をネタにするコント、と見えそうだが、中高年男性やOLをターゲットにするにはなかなかに危険なネタの多いコメディ。シュールであったり、けっこう毒があったり。

・クッキンアイドル アイ!マイ!まいん!
お子様向け料理番組とみせかけてまいんちゃん(3次元)のあまりのかわいらしさに大きいお友達たちが以下自粛。

・電脳コイル
土曜夕方というお子様枠にも関わらず、有名アニメ監督の起用やAR(拡張現実)を取り入れたマニアなSF設定でその道の人々から高評価を得る。DVDにいちいち絵コンテや設定資料集がつくとか普通のアニメじゃありえねえだろ。

・みんなのうた
ときどき「え?!なんで?」って人が歌ってたりしますよね。子供が単純に聞いて理解するにはけっこう抽象的な歌詞の歌も多いし。

・天気予報キャラ
黙って「天気予報 NHK 春ちゃん」でググってみるといいと思います。

あと「忍たま乱太郎」とか(まだやってることに驚きなんですが)、最近は上級生のキャラがとにかくたくさん増えて腐女子のみなさまがたに以下再度自粛。「獣の奏者エリン」も終盤は大人向けだなあ・・とか思ってたんですけど、けっこうおばちゃん方に人気あったみたい(ソースは公式ブログ)。女の人は宮廷もの好きですね。oji母のパート先でも流行ってたそうな。

うーん、なんというか、こういう絶妙なズレ方がNHKって感じですね。狙ってやってないところがいいです。

Tuesday, December 29, 2009

15x24をススメていく運動。

久しぶりに書くともうあいさつも思いつきません。ojiです。

集英社スーパーダッシュ文庫「15x24」が面白い。最初に手にとった動機も上手く説明できないのだけど・・

作者の新城カズマは「サマー/タイム/トラベラー」だけ読んだことがあって、まあ面白かったけど著作全部を追っかけるほどではない、というのが当時の印象。もともと鶴田謙二のジャケ買いだったし。手に取ってしまったのはいつもの気まぐれ・偶然・動物的嗅覚のなせるわざ(はずれも多し)と言ったところでありましょうか。

・・ところがこれが「大当たり」だったのです。たぶん2009年に手に取った小説で一番かも知れん。久しぶりにページをめくるのが止まらない感覚を味わいました。

あらすじはといえば、まず高校生の少年・徳永準が、大晦日の日にネットで知り合った「17」とともに自殺することを決意します。当日の朝、ごく一部の友人にのみ決行の直前に送るつもりで遺書メールをしたためたのだけど、このケータイが盗難に遭い遺書(書きかけ)は自殺を前に流出。あれよあれよと広まって、徳永準の自殺を止めようとする「捜索隊」が結成されてしまう。彼をめぐって新宿から始まる追いかけっこはトラブルを次から次へと呼び込んで、最終的には東京中を巻き込む大騒動になってしまう。大晦日から元旦にかけての長い長い「15人の24時間」の物語・・といった感じ。

物語の中で複数視点が同時進行する「ザッピングもの」(命名:僕)です。「一つの目的で集まった人間たちがそれぞれの動機で動く様子を描く」って感じなんですが、これがいい。みんな好きに動きやがって、まとまりそうでまとまらない、追い詰められそうで追い詰められずにまた来週。突然起きる超展開、アイツにとっては予測不能でもコイツにとっては「計画通り(with夜上月スマイル)」だったりして。

基本サスペンスっぽい話なのですが、話が進むとミステリ性を帯びてきます。すなわち、「17」は本当にネット心中しようとしているのか?実は「捜索隊」の中にいるのではないか?「17」の本来の目的は、なんなのか?

12月25日に完結巻が出たものの、実はまだ読んでません。一気に読むより、これまでの経緯を整理しながら進めるのがより面白いんではないか、と思い始めたから。色々メモしながら読み進めてるんでその中から一巻まで読んだときの各キャラの印象を思い出したメモをさらして本の紹介にしましょうかと。

徳永準:すべての発端。根暗。「絶対に逃げられず、一生続く苦しみ」に気づいてしまったらしい。姉が二人。家族は明るい。

笹浦耕:一応本編の主人公。いい奴。自殺については「死ぬよりも苦しい絶望を前にした奴の自殺を止める権利はない」と考えてる。でも「捜索隊」に参加するのは、徳永準を止めないと女子大生の彼女とデートできないから。軽いなあ。

枯野透:お人よし。自殺を止めるのは「まだ生きる可能性を一緒に考えてやりたい」という思いから。とはいえコイツを見てると単純な正義感が先に動いてるという気もする。そんな奴。

渡部亜希穂:ギャル。いまどきの若者。枯野のイケメンぶりにやられて「捜索隊」に参加。それ以上語るべきこともなし。

私市陶子:お嬢様口調。妊娠中。徳永の死を見過ごしては、生まれてくる子供に顔向けできないと考えての「捜索隊」参加。ちょっと自分の正義に酔ってるふしはある。頑固そう。

左右田正義:自信過剰。紋切り型。「捜索隊」企画者。完全に名誉欲のために徳永を探す。頭の回転は早いが、目先のことしか考えてない。

在所惟信:お坊ちゃん。正真正銘良家の金持ち。女好き。優柔不断。彼が左右田に相談したことから「捜索隊」が発足、後は引っ張られるように参加。

伊隅賢治:根暗2号。特技はハッキング。「死」が見たいという理由で徳永を探す。つまりは「捜索隊」にあって自殺推進派。徳永を自殺させその現場に立ち合うため、なんとかして周りを出し抜こうと考える。

三橋翔太:野性と本能で東京のアンダーグラウンドを生き抜いてきた男。学はまったくないので、彼が一人称でしゃべるときはほとんど平仮名になる。独自の人生観を持ち、徳永の自殺予告に関わることに運命的なものを感じている。

西満里衣:車椅子の少女。障害者である自身の成長の過程で多くの「望まない死」を見てきたことから、自殺を絶対的な悪と考える。自分を「万能検索者」であるとか思ってるけど、PCスキルは並(クラックとかはしてないみたい)。

オサリバン・愛:グラビアアイドルだけど口調はちゃきちゃきの江戸っ子という変な子。江戸っ子なので難しいことは考えない。単純に自殺はいかんから止めよう考えている。

温井川聖美:背の高い少女。徳永からの予告メールを受け取ったものの、「捜索隊」未参加。強烈な劣等感にさいなまれている。

藤堂真澄:新宿「自警団」のリーダ。代々天皇崇拝・最右翼の思想を持つ家の子。自身もその思想を受け継いでいる。

一巻では以上の13人が出てきます。つまり、まだあと2人参加者が増えるということですね。多いなあ。でも、それだけキャラクタの振れ幅が激しいのであまりごっちゃになったりはしていません。それも魅力の一つですかね。

Friday, November 13, 2009

初心者にありがちな。

I am (not) ojiです。

「linuxユーザーさん落ち着いて!」
http://www.gizmodo.jp/2009/11/linux_1_user.html
という記事を見たら、



「馬鹿野郎、俺のシェルにはそんなパス通してねえよ!」
「いやいや、通しとこうよ」
「えー、でもloveコマンドなんかめったに使わねーし
「あれ、つーかそのファイルどこにあんの?」
「無いんじゃね?」
「落ち着け、とりあえずfindだ・・」
「それで見つからなかったらショックでかいけど」
「いや、神は我々すべてにデフォルトでloveを与えたもうているはず」
「しかしパーミッションの付与をし忘れてるとかありそう」
「意味Neeeeeee!!」
「rootになるべき?」
「いや、それはちょっと待とう。心のユーザ権限は保つべきだ」
loveも実行できねーユーザに意味なんかあるか!
「とりあえずドキュメントを読むか・・」
「フォーラムで聞いてみたら?」
「ちょっと恥ずかしくないか。モノがloveだけに」
「パッケージを検索してみるってのは」

とかなんとか、頭の中の小人がやかましく叫ぶのでもう寝ます。続きはないので、誰か上手いオチをつけてください。寒くなってきたせいか最近とても眠い。