北風に千鳥格子

なりゆきで始まった超私的ブログ。更新凍結。近日ネットの藻屑と消えます

Thursday, March 31, 2005

充電と放電を繰り返し第三部スタート。

 だーもう大変大変!すっかり放置ですいません。就活したり研究したりバイトしたり、「バンドやろうぜ」って持ち掛けられたり、この3月末に旅立つ強敵(とも)をオールで見送ったりしているうちに一週間。はやっ。
 や、でもその間このブログのことをまったく考えていなかったわけではなく。htmlのソースのほうでブラウザに文字コードを自動的に指定してくれる命令がある事を発見、早速カスタマイズしました。というわけで文字コードを指定せずとも素のままの!お宅のIE系ブラウザで!ご覧になれるというわけですよ!多分mixiのほうも何とかなるかも。はい。

 やー書くネタはいろいろあるんだけど、いかんせん最近携帯電話をノキアのモテケータイ(スマートフォンの訳)にしてみたり、たのんでたhpのノートが家にやってきたりで最近浮かれ気味なんですな。就活→研究で帰りが遅くなるくせに家では新しいケータイとパソコンをちまちまいじる日々。そりゃあ親も心配します。

 でもそのかいあって新しいパソでやってみたかったことの一つ「プレステをエミュれるか?」は達成したよ。前のパソコンではスペックしょぼくてぜんぜんダメだったのだけど、今度のパソはさすがceleronMといったところでパソコンの画面で「サガフロ」「ペルソナ」がサクサク動くですよ。
 うちはTVがリビングに一台しかないのであまり深夜にゲームはできんのだけど(すぐ隣の部屋で親が寝ている)、これでいつでも自分ひとりでウハれるというものです。やったぜ!
 
 さて、そんな感動を味わっている背後でささやく陰の声。「研究は?まだやるべき仕事や読むべき論文は大量にたまってるんじゃん?」「大月研のサイトも実はまだ完成してないし」「ブログの更新も止めちゃってるし」・・・・


 わーわー、いまやります!今そばゆでてますってば!

第二部完。

諸事情により題名「文字コードはUTF-8で」はその意味がなくなりそうです。
というわけで題名を元に戻してリニューアルしようと思います。

詳しくは後のブログで。ご愛読ありがとうございました。

Friday, March 25, 2005

第二部開始。

注意・この記事を書いた当時、文字化け問題にぶち当たって困窮きわまったojiが考え出した妙案がブログのタイトルを「文字コードはUTF-8で」にするという、妙案つーかそのままストレインジ・プランと呼べる代物であった。そのことを踏まえつつお読みください。



 じゃーん!どうですか。タイトルを変更して第二部開始です。こうしておけばタイトル名さえわかっていればみんな対応できるというわけです。誰かにサイトを紹介するときは、アドレスとタイトルをメモして渡せばいいってこと。すばらしい!!タイトルなんだか注釈なんだかわからないけど。

 実はあんまりにもそのまますぎなので、ちょっとひねった名前で同様の効果を狙ったタイトルの候補をいくつか考えたのよ。

 1.暗号名(コードネーム)はUTF-8

 2.ラブレターはUTF-8で
        -Real love can be described by the code of UTF-8.-

 3.白紙のノート、インク、日常そしてUTF-8





・・・・・やめました。

Wednesday, March 23, 2005

このブログ自身の危機。

 このブログもぼちぼち記事がたまってきた。そろそろ研究室を飛び出してほかの人に読んでもらってもいいかな、と思ったので、ごく親しい友人数名に教えたのだけど・・・
みれねーぞ!」と苦情の嵐。あれ?僕のfirefoxでは今まさに問題なく見られるのに。

って、あーfirefox!そういえば最初につくったとき、SleipnirなんかのIE使ったブラウザじゃ見れなくて「さすがマイナなBloggerだけあるな」とか思っていたのだった。IE系ブラウザではダメなのか?じゃあmixiに登録しててもfirefoxユーザ以外は見れてなかったってことか・・なんてこった。

 と相談した結果、文字コードが悪いんじゃないかということでブログの設定をいじる。しかし、文字コードを日本語にするとタイトルだけ正しく表示されるが後は文字化けしてしまう・・なぜ。UTF-8にして、IEの文字コードもそっちにすればうまく読み込めるんだけど。普段日本語のページを見てるのにいちいちUTF-8に設定するやつなんかいねーしなあ・・。

さて、ここで僕がとるべき行動とは?

1・使いにくいIEの元凶であるゲイツをなじる。
2・日本語にいまいち対応しないBloggerの元凶であるGoogleをなじる(もう使わない)。
3・このブログの元凶である天(ワコさん)をなじる。
4・誰かに憎しみをぶつけてもむなしいだけとありのままを受け入れ、頭を丸めてfirefoxの伝道師となる。 


・・・どれもいやだと思っていた矢先、この問題を一気に解決する妙案を思いついた。
さてその方法とは?次の更新時にでも発表します。

Sunday, March 20, 2005

かわいいとおもうもの。

 「芸能人で誰がかわいいと思う?」という脳みその腐った質問にも負けずに胸を張ってまっすぐ相手の目を見て答えられることができるか?
 僕はできる。
 そう、石原さとみです。

 前にもチラッと触れたけど、それにつけても石原さとみは本当にかわいいなあと思うわけです。この間も少年サンデーのグラビアにでてまして、早速食い入るように見つめてブヒャッというかテヘヘってなったよ。しかも僕の所属する研究室の面々が本当にサイコーなやつらで(皮肉)、買ってきたサンデーからグラビア部分だけきれぇーに切り取って僕にくれるわけ。さっそく僕はそれをさとみ専用フォルダに名前をつけて保存(v)。つまりこれでuha-uhaというわけですよ。

 まあこの趣味を人に言うと「何であんな眉濃いのがいいの?」っていわれるけど、てめーらあの眉が良いんだろーが!いや、太ければよいというものではない。あの毛筆で一本スッと引いたかのような上品さすらかもす眉の形がいいのである。眉はっきりしてても吹石一恵はアウトである。
 そんな眉な理由で石田ゆり子も良いし仲間由紀江も好き。石原さとみがいいっつったってロリコンというわけではありません。ロリコンというわけではありません。

 

Friday, March 18, 2005

レトロと記憶力。

 本日は横浜開港記念会館というレトロな建物で会社説明会と筆記試験。

 この会場がまたなんでこんなところで?っていうくらいいい雰囲気かもし出した国の重要文化財で、説明もそこそこにずっときょろきょろしてたよ。昔の洋館って感じ。

 筆記試験のほうはシステム系には珍しく一般常識もあった。ここで高校二年で文系をあきらめた男の一般常識のなさが露呈するわけで。

 「徳川三代将軍・・・・秀光?それは明智か。何とか光・・だったっけ」
 「初代内閣総理大臣?伊藤博文だっけ?ほんとか?」
 「国や地方公共団体と民間企業が共同出資する・・・ニュースとかでよく聞く気はするが」

 歴史とか固有名詞とか、本当に覚えられん。覚える行為に意味を見出せなくなったのも理転を決意する要因のひとつなんであったのだった。まー固有名詞なんか必要なときに調べればいい、ともいえるんだけど、人の名前を覚えられないのはつらいんだよなあ。社会で生きる人間としてどうかと。記憶術のなんとかいうのやればいいのかなあ(←覚えてないんか)
 

Thursday, March 17, 2005

春はすぐそこ。

 うかうかしてるとまた更新が止まってしまう・・・。

 さて、春になりましたな。大学の周りでは梅なんぞ咲いてて気分もウキウキしてくる。こないだは春一番が吹いたと思ったら雪が降りやがったりしてまったく欝くせー感じではあった。でもまた暖かくなってくると、かえって冬が過ぎ去るのが少しさみしくなったり。どないやねん。

 若かりしころはまあ色々あって、春が来るたび「春なぞいらん!早く夏になれ」と心の中で雄たけびこいてたものだけど、今はそんな暗い時代がうそのように春大好きです。いいね、春。
 こう外にでても寒くないことがこんなにありがたいもんかと思ったり、あっちこっちで馬鹿みたいに花が咲くのもよい。薄着できるのもうれしい(服何枚も着たり組み合わせたりするのは面倒だと思ってしまうので)。あー早くもっとあったかくならんかなあ。

 さて、なぜこんなに春が好きになれたかというと、分析の結果おそらく出会いをあきらめたからではないかと。春は出会いの季節といわれるけど、もう最近は新たな出会いとかまったく期待しなくなってしまったので(マジで)、それ以外の春のステキさを堪能できるようになったというわけかと。大人の階段上ったわけだね(ちがう)。

Monday, March 14, 2005

君は「ハッピー・メロンパン」伝説を知っているか。

 「HappyHappy」というメロンパンの移動販売をご存知だろうか。
 ワゴンに積んだオーブンで焼きたてのメロンパンを売るという趣向で、なんでもTVで紹介されたりしてて結構話題らしい。それが先日大学の近所のダイエーの前に来ていて、早速ひとつ購入してみた。メロンパンはサクサクのふわふわでおいしかったのだけど、店員がもうなんつーか・・・。
以下その様子。


僕「メロンパンひとつください」
店員「即食べですか?」
僕「(即食べって・・・)はあ、まあ」
店員「150円です」
僕「(お金を払う)」

店員「ラッキー・ボーイ。」
僕「は?」

店員「ラッキィィ・ボォォイィ。
僕「は?(二度目)」

店員「お兄さんは非ッ常にラッキィィ!焼きたてホカホカをお召し上がりになれまーす!!
   だからあと一分待ってね
僕「はあ。(最初から「待つ」って言えよ・・)」

ワゴンの横に張ってある「アルバイト募集! ハッピーな人」の張り紙に苦笑しつつ待つこと一分。

店員「はァァい!!」
  「たった!今!」
  「お兄さんの幸せがァァ・・・ぃ焼きあがりましたァァアアン!!
   (といいつつ周りの人にも鉄板に乗ったままのメロンパンをアピール)

店員B「ぃ焼きあがりましたァーー!!」
店員「ぃ焼きあがりましたぁーー!!」(わかったから)


もうツッコミどころしかない。ジョジョ並みのテンションの高さ。
こいつらメロンパンに体張ってます。
恥ずかしい。笑うしかないし。



・・・いや、でもちょっとハッピーになりました

ほかに考えるべきことあンだろ?







先週の週刊誌広告でヒットだった見出しは
やっぱり墓穴をホリエモン」だな。





Thursday, March 10, 2005

うえんにゅーうぃっしゅあぽんせぶんすたー。(後編)

 なぜ僕はタバコを吸うのかといったら、まあおいしいからだ。いや、別に味は旨くはないんだけど。ガーっと走った後ぐいっと飲む水は水道水でもおいしいじゃないですか。あんな感じ。たとえばいやなことがあって気分的に疲れたときもタバコ一本で気分の切り替えができるし、コーヒー飲んでタバコ吸ってまったりとかはまさに至福のときであったりする。

 体に悪いのは多分そのとおりなんだろう。でもタバコの具体的な害を書いた統計を見ても「一日20本以上吸う人は発ガン率5倍」とか非常にしょぼい相関しかない。僕はそんなに一日2、3本しか吸わないし、体調が悪いときはタバコなんか気持ち悪くて吸えない。不健康と直結するとはなかなか実感できないのだ。
 ノリとしては太るのを気にしつつケーキを食べてしまうお嬢さんみたいな感じ。非常に無邪気なもんなんである。

 そんな無邪気な子供のような楽しみを残酷に奪う大人たちがいます。・・・そう禁煙論者ですね。いや、別にタバコを法律で取り締まるのはいいのよ。昨日も書いたけど周りに迷惑なのは確かだし。自分の体にも悪いし。嫌煙運動を進める人の、なんというか目的というか方向性が理解不能なのである。タバコがそんなに人間と社会に害を与えるものであると主張するなら、タバコの栽培禁止とか、全面禁煙とか、そういうことを(最終目標としてでも)まず掲げるべきなのではないかと思うのだ。あいつらはなぜタバコを取り締まるのに禁煙化、分煙化とかいうなんか草の根的な運動しかしないのだろう?

 いや、勉強不足なだけかもしれないが「子供たちにきれいな空気を」とか「タバコの害のない世の中を」とか、そんな主張はよく聞くけど「タバコを世界から根絶しろ」というところまで主張したとかいう話は聞いたことがない。麻薬並みに嫌ってくれたほうが吸う方もわかりやすいんだけど。

 思うにあいつらはとりあえず「自分らが健康に暮らす権利」は主張するけど「嗜好品を味わう権利」はまったく無視なのである。自分らさえ健康に暮らせればよいから「分煙」を主張する。「分煙」ではまだ足りないというわけで今度は「全面禁煙」を主張したりする(アイルランドとかでは屋内全面禁煙だって)。じゃあタバコ吸いたい人はどこで吸えばいいの?という問いには禁煙推進派はなんて答えるのだろう。うーん想像つかん。もっと社会にタバコが溶け込むような形で冴えたやり方を考えようとはしないのだろうか?それをしないのだったら「禁煙」「分煙」の主張も、ただ単に自分らのモラルや健康ばかりを主張しているだけで、現在の社会全体をどうにかしようということは考えていないということになるのではないか。

 結局あいつらの言うことに従ってたら喫煙できるのは誰にも迷惑のかからない山の中とか海のど真ん中とかになるんだろう。そんなん言い出したら麻薬だっておんなじである。誰にも迷惑をかけず知られなければ罪には問われない。

 まあ極論を言ってみたわけだけど、もし禁煙推進派は本気でそこまでタバコが害だと思ってるんならちまちま喫煙者をいじめたりせずにさっさと世界から麻薬同様タバコの根絶を訴えるべきなんである。美人モデルを起用して「タバコはダメ。ゼッタイ。」かなんかいってくれれば即禁煙するっつーの。石原さとみがいいです

Wednesday, March 09, 2005

うぇんにゅーうぃっしゅあぽんせぶんすたー。(前編)

 何を隠そう僕は喫煙者である。この告白は人によってはまさにカミングアウトといってもいいかもしれない。つまり今の世の中タバコなんて吸うやつは後ろ指を差されてしかるべきファッキン野郎というわけである。

 まあ別にこのような風潮をとやかく言おうとも思わない。吸わない人が自分の周りで吸われるのは百害あって一利なしであることは非常によく認める。非喫煙者いわく「煙い」「臭い」「体に悪い」そのとおりである。いや別に個人的にはタバコのにおいをそこまでいやな匂いだと思ったことはないが、そこは人の嗜好だし。匂うのは確かだし。いつだって悪いのは喫煙者だコノヤロー。

 というわけで喫煙者が戦争の原因を作っているわけなんだけど、ここまで嫌われるようになったのはここ10年くらいではないかと思う。小さいころの記憶ではJRの列車のボックス席に普通に灰皿が置いてあった気がするし、うちでも父親は普通にうちの中でタバコを吸っていた。煙いと思ったこともなかった。タバコが体に悪いということは言われていて、マナーを守ろう、分煙しようといわれ始めたのがごく最近なのではないか。

 いやいや単なる個人的な感想だからわからないけど。

 そんなにここ最近で喫煙者のマナーが悪くなったのだろうか?もちろんマナーの悪いやつはいる。昔もいたのだろう。「ここで吸うの?」ってくらい人ごみで吸うやつとか。そういうことするから愛煙家が油虫を見るような目で見られるんだと蹴っ飛ばしたくなるが、まあ弱いので我慢してしまう小市民。
 ここ最近急に分煙が叫ばれる理由としていくつか考えてみた。

 ・喫煙者が変わった

 1.実際に喫煙者のマナーが悪くなった。

 2.嫌煙が叫ばれ多少なりとも良識ある喫煙者は人の目に付くところでは吸えなくなった。で、分別のない喫煙者が目に付くことになった。


 ・喫煙に関する周りの扱いが変わった。

 
1.タバコに限らずマナーに関して最近うるさくなってきた。

 2.人は常に現状を改善しなければ気がすまない生物である。いままでもっとほかに気になることがあったからタバコが槍玉にあがることはなかったが、苦労のかいあって世の中が「きれい」になっていくにつれてなんとなくタバコが気になりだした。

 3.人の社会は基本的におっさんがつくる社会である。偉いおっさんたちがタバコを吸っているのでなかなかタバコという風習を止めにくかった。でも、ここ最近でタバコが体に害をなすというデータが大量に出てきたため今まで吸ってたおっさんたちが吸わなくなった(科学をたてにとればおっさんにも意見できる)。もしくは吸っていたおっさんが死んでいなくなってきた。あと偉いおっさんが少なくなってきた。


 まあどれも単なる僕の感想でしかないんだけど。なんかマナーはともかくとして喫煙という風習自体が悪といわれるのはどうもなーという感じである。なぜ自分は吸いたいのか?
 その辺は長くなってきたので明日書くことにしようっと。こうして更新ペースを保つのも一興。

Tuesday, March 08, 2005

不気味な泡とノスタルジィ。

 ここ最近のだるさにまかせてしばらくブログもほっといたら怒られた。天から。
 「基本は毎日更新で習慣にしろ」との指令。まいったね。
 
 で、週末はぼんやりしてしまって何をしていたかっつーと、ブギーポップシリーズを読み返していた。ブギーポップというのは、まあ検索してもらえばいいのだけど、けっこうサブカルな小説で、つまり購入するときには本屋のおねいさんに「あ、この大学院生風のメガネの人オタクなんだ。キモっ」と思われること請け合いのアレです。しかしひとたび表紙をめくれば作者自身「私は荒木飛呂彦の大ファンだ」と公言するとおりのわかりにくいバトルシーンと大仰なセリフの嵐で、やっぱりオタク向けでした。

 僕が高校2年くらいのときからはじまってまだ終わってない長いシリーズ。書きっぱなしで終わってないシリーズ物なんてこの作者に限らずいくらでもあるのでもはや期待はしていないけど。で、数えてみたら12冊もあった。奥付を見返してみたら実は僕が受験生のころから大学1年にかけてなど3ヶ月に一冊以上のペースで書きたおされてた意欲作だったのだ。当時は本屋でティーン向け小説の棚に平積みになっていて人気なのかと思いきや、僕の周りでは知ってる人はいなかった。僕だけ「面白ぇ」とかさけんでました。孤独でした。もともとだけど。
 
 そういえば深夜枠でアニメにもなってた。僕の受験直前のクール(1~3月)で、深夜まで受験勉強してから見てた記憶がある。オリジナルストーリィではあるが原作同様わかりにくいつくりで、そこが最高に素敵だった。おかげで生活を朝型に直すとか考えもしなかった。テーマ曲は当時出始めのスガシカオの「夕立」だかなんだか言う曲で、これもブギーポップの都市的でドライなイメージとバッチリはまってよろしかった。それを思い出して最近ツタヤに足を運んで彼のCDを借りてきてしまった。そのツタヤにはアニメのほうはなかった。くそ。

 実写で映画にもなってた。こちらは原作どおり。テーマ曲である「ニュルンベルクのマイスタージンガー前奏曲」はマキシシングルで出たし、映画が公開されて一年くらいはなんか妙にあちこちで耳にした気がする(ただ単に自分で敏感になってただけかもしれないけど)。所属してた吹奏楽部の、僕が引退した次の代の定期演奏会でもやってた。肝心の映画、僕は別に見に行かなかったけど、後日ビデオで借りてみた。やっぱつま・・・おっとこれ以上はいけねぇ(←言ってる)。

 このシリーズ全編通じて、なんつーか「青春のうまくいかなさ」とか「現実の身も蓋もなさ」みたいので満たされてて、たぶん一番それに惹かれて読んでたんだと思う。いや、やってる内容は超能力者とか人造人間とか死神がバトってる感じだけど。あまりうまくない青春を過ごした自分にかなりの影響を与えた本であることは間違いない。でも他に主に読んでたのが大江健三郎と筒井康隆だからなあ。あと高橋源一郎とか。ミステリろくに読まないくせに中井英夫の「虚無への供物」は読んでたり。どんな高校生だよ。

 ・・・とまぁこんな感じで週末はノスタルジィに浸ってた。やっぱ体力ないときはノスタルジィに限る。もうすぐ死ぬなこりゃ

Wednesday, March 02, 2005

虚弱の日。

 結局前に日記書いた時から風邪は治らぬまま、ここ三日ばかし連続して就職活動でした。もー地獄を潜り抜けてきますた。朝方は調子いいかと思っても、出かける電車の中で貧血になったり。セミナ中に意識が遠くなったり。やたらのどが乾いたり(鼻詰まってるから?)。そんなんで筆記試験受けてみたり。

 まあグチはさておき、やっぱり就職活動は健康が第一だと思った。もうね、体が弱ってると精神的にも参っちゃって、考えられんのよ。自己PRとか。志望動機とか。社会とか仕事に対して意欲を見せる前に、いまもう寝ていたい自分がいるわけで。それでも自分鼓舞してひねり出して詭弁詭弁でやりましたけどね。でも面接は超適当なことばっかいっちゃったし。あーやれやれ疲れた。しばらくのんびりやろうと思う。

 体調は回復してきたけど、体力が戻っていない。ものが全然食べられない。たとえばある日は就職活動で東京に出てうろうろして、一日メロンパン半分しか食ってないのに全然腹が減らないなんてこともあった。いや、そりゃ多少貧血気味だけど。でもこれ逆に考えてひょっとして最近の人びとは元々食べすぎなのかも、もっと最低限のカロリーで活動できるんじゃん、とも思った次第。体脂肪9パーセントの男が言うせりふではないか?