北風に千鳥格子

なりゆきで始まった超私的ブログ。更新凍結。近日ネットの藻屑と消えます

Monday, October 31, 2005

気づいてないだけの遠回り。

自分の人生で手一杯のojiです。

考えてみるまでもないことだけど、考えてみなけりゃ気にも止めないことってのは結構あるわけで。

電話の時報、あれはいつ電話してもしゃべってるじゃないですか。最近まで僕はあれ実際に24時間使って録音されたもんだと思ってたんですよ。んなわけないですね。時間、分、秒ごとに録音しとけば後はそれらを切り貼りして24時間分の時刻を知らせることができる。アナウンスが妙なイントネーションなのもコレに由来するというわけです。

何でそう思い込んでたかって、それはわからんのだけど、多分小さいときに一回そう考えたらそれから疑問に思うこともなく過ごしてきたからかと思われる。「24時間も同じ人がしゃべってたら絶対声かれるだろうから、何時間かごとに違う人の声になるに違いない」とかまで気を配って考えた幼き日のoji少年。ほほえましい限りですね。ある日その少年の日々の思考を思い出して、思い出しざま「いや、そんなわけねえだろ」と気づいた次第。うっかり勘違いしたまま人にしゃべらないで良かった。

でも、その事がひとつわかると世の中の大抵のアナウンスは同じだとわかる。電車や飛行機、携帯の留守録なんかの自動音声での案内とか。そう思って聞くとしゃべりの切れ目が非常にあからさまだったりする。「この次の」「2番ホームの」「電車は」「じゅう」「5両」「高崎線」「直通」「快特」「籠原」「行きです」「辻堂」「戸塚」「には」「停車」「いたしません」必ずそれぞれのフレーズの頭にアクセントをつけて、たたみかけるように読むのがポイントです。

確かに電車のアナウンスも一つ一ついちいち録音してたらえっらい手間、つーかすでにホラーの域に達しているな。膨大な種類のアナウンスを全部録りおえるまで帰れないウグイス嬢。しかもダイヤ改正ごとにやり直さなきゃなんねーと言う。いやはや、気づかないこととは恐ろしいものです。

他にも少し考えてみれば・・ってのはあって、一個150円の食玩といえど彩色は人件費の安い中国かどっかで手作業で塗られてるはずだし、喫茶店のお茶なんて大半が場所代と人件費だし、ミッキーの中の人がミッキーになりきるための過酷な試練たるや・・・(話がよくわからんほうに行きそうなのでこの辺で)。

2 Comments:

  • At October 31, 2005 1:35 am, Anonymous ぼんぼん said…

    他人の人生に手一杯になることが幸せと言うことなのかもしれないね。

     
  • At October 31, 2005 7:42 pm, Blogger oji said…

    どうしたどうした。ちょう弱気発言じゃーん。札幌はそんなに寒いのか?手がかかる女子を札幌までゆうパックしますか?手がかかる僕ではどうですか?

    まああれだ、そういうことを考えたとしたって、そんな風には絶対生きられないのが僕らのダメなところだよね。

    他人の人生に必要以上に干渉することも、自分の人生に踏み込まれることも遠ざけてしまってきた僕が得ることのできた自由とはいかなるものだったのか・・・とか考えても無駄無駄。日々におわれて飯食って寝るわ。

     

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