北風に千鳥格子

なりゆきで始まった超私的ブログ。更新凍結。近日ネットの藻屑と消えます

Saturday, December 31, 2005

振り替えればクリエイション。

oji・リローデッドです。

さてさて、今年も残すところあとわずかとなってまいりました。(大晦日のニュースキャスタ風)

今年最後の更新でなに書こうかなー、やはり今年の総括みたいなことを・・とか思っていたんですけど、まあ特に総括するほど劇的なこともなかったんで、今年読んでちょっと心に留まった本やまんがを紹介しようかと。

活字編

ナ・バ・テア 森博嗣 中央公論社 C・NOVELS


はい、森博嗣ですね。でもミステリィでは、まあ、ないです。現実とは別の歴史をたどったパラレルワールドのような世界が舞台。国自体は軍隊をもたず、武力の行使は商社のような組織が請け負って戦争をするという世界。そこの従業員である、戦闘機のパイロットたちの話。5部作のうち3作までが出ていますが、今のところこの2作目が一番すき。
まずタイトルがいい。何の意味かといえば「None But Air」空しかない、空気しかないという意味。一作目の主人公のカンナミ君は、パイロットでしか生きられないことを感じつつも飛ぶことを受け入れている感じでした。本作の主人公であるクサナギさんは少し違って、飛ぶという事に執着する人です。地上には美しいものなんてない、ただ、技術を磨き空で洗練された飛行をすることだけが望み。もちろんビジネスで飛ぶわけだから、そんなことばかりを望んで生きることはできない。しかし、それでも行動の本質に、体の真ん中には常にその思想がある。そんな彼女の物語です。
これに限らず、森博嗣の作品には美しいものへの憧憬が感じられる。この世に価値があるもの、楽しいこと、美しいこと、それを感じることのみが人生の価値ではないか?しかし実際、人はその価値ばかりでは生きられない。肉体を維持する不自由や自身のこころの弱さ。食べるためには仕事をしなければならないし、一人で生きることはとてもさびしい。それらによって人の生はどんどん純粋な生から離れてにごってしまう。それでも、生きる。生きる価値を求める。そんな人々をいつも森博嗣は書いているよーな気がする。
僕はそういうところに凄く共感するわけですが、まあでもやっぱりそういう心っていうのは世間的には「子供っぽい」「現実を見ろ」といわれてしまう発想なんだよな。というわけでネットで見てもこのシリーズは賛否が極端に分かれています。森博嗣自身も第一作を出すとき「一番売れないだろう」とかいってたし。


まんが編

コーヒーもう一杯 山川直人 ビームコミックス


まんがはもーなんにしようか迷ったんですが、あえてこれにしました。そのセンスの高さにびっくりしたからです。一話完結の、コーヒーにまつわる話たちが収録されています。イラストというかカット調の、まんがでは見たことないタイプだった絵柄でまんがをやってしまうことにびっくり。ひとコマひとコマがとても丁寧に書かれていて、雰囲気がものすごくよいことにびっくり。ストーリィ自体はそんなに斬新なものはないんだけど、プロットというかお話の運び、キャラの会話や表情が良くて大したことない話なんだけど見せてしまう。それにびっくり。
いつもは棚の奥に宝物のようにしまっておいて、こういう雰囲気が好きそうな人にだけそっと見せる、そんな扱いをしたいまんがです。


アニメ編

僕はotakuといえどアニメなんて中学以降ほとんど見てなかったんです。ジブリ作品とかカウボーイ・ビバップくらい。ところが今年はいろいろと見てしまいました。恥ずかしい。押しも押されぬotakuです。その中のひとつ。

かみちゅ!

これは最初友人に勧められて見てみました。サイトを見てもらってもわかるとおりかわいい絵柄で「どーせ萌えアニメだろ」と思いってたんですが、一度見てなかなか面白くてそれ以降はまってしまいました。
中学生の一ツ橋ゆりえは、ある日突然神様になってしまった、という。ところが何の神様かもわからない・・。一応神通力は備わっていて、それが元で巻き起こる珍騒動、といった感じの話。50%くらいは。
一話完結で、30分の中にもチョコチョコ伏線が張ってあったりしてきちんとストーリィがつくられています。舞台は人と神様や妖怪がゆるーく共存する世界。普通に妖怪が釣りをしているような町(普通の人には見えないけど)。近所のおばちゃんが「ゆりえちゃん、神様になったんだって?」と今日の天気でも言うように話しかけてくる町。のんびりしていい感じです。
毎回毎回、クラスメイトやら総理大臣やら妖怪やら他の神様やらが現れてはやっかいごとをもちかけるんだけど、それらを神様としても、中学生としても半人前なゆりえががんばって解決していく姿は非常に健気で癒されます。こんなん観てるの恥ずかしいなあ、ぜってえ人に言えないなあとか思っていたら、実は同じ研究室のワコさんも同様に癒されていたので今日ここにカミングアウトする運びになりました。


来年はどんな年になるのかなあ・・一ついえるのはこの世には面白いことがまだまだあるので生きることに飽きるなんてことは絶対にないだろう、つーこと。ではみなさん、良いお年を。これから一眠りして年越しバイトだ・・・。

Thursday, December 29, 2005

名前をつけるところから思考が始まる。

年中無休でojiです。

今回は無意味に長編です。

最近ずっと心に引っかかって、懸案事項であったことに一応の決着がついたので報告しようと思います。残念ながら告白したとかそういうんではありません。そういや最近告白してねえなあ。してえなあ。

いや失礼。何かというと、カップ焼きそばの新しい呼び方を考えていたのです。僕はカップ焼きそばが大好きなのですが、一つだけ我慢がならないことがありまして。それはこの食べ物の価値を良く知りもしない人から「カップ焼きそばってさー、焼いてないよね」としたり顔で言われてしまうことです。この発言だけは許せません。まったくわかったような面をして何を言ってんだという感じです。

そりゃあカップ焼きそばは焼いてありません。むしろ一度揚げてあります。生の麺から作った焼きそばとはかなり食感も違います。しかしこれはこれでいいのです。焼きそばではなく「カップ焼きそば」というジャンルの麺料理として僕は愛好すべきなのです。が、「焼きそばなのに焼いていない」という表層の瑣末なイメージにとらわれ、まるで不完全、未完成な食品としてみられることもしばしば。その代表的発言が「カップ焼きそばってさー、焼いてないよね」なのであります。

「カップ焼きそばというジャンル」はなにも大げさな話ではありません。コンビニに並ぶインスタントラーメンと焼きそばを見比べて見てください。ラーメンは最近少しでも実際のラーメンに近づけようという動きが見られます。ノンフライ麺、生めんを使用したタイプ、レトルトの具を使用したタイプ・・・しかし焼きそばにそのような工夫がなされた商品があるでしょうか?否。僕の知る限り否。これが示す答えは一つ、カップ焼きそばが目指すところは本物の焼きそばなどではないということです。

これは昔からある袋ラーメンのブランドと同じことが言えます。技術の発達した現代においてもチキンラーメンやサッポロ一番がまだ売れているのは、本物のラーメンとはほど遠くてもこれはこれで一つの求められる味であるからなのです。「チキンラーメン」はラーメンでなく「チキンラーメン」であり「サッポロ一番」は「サッポロ一番」なのです。このことからもカップ焼きそばを「焼きそば」という呼称から解放し、別の呼称によって食品としてのアイデンティティを際立たせることが強く望まれます。

さて、しかしながら実際に考えてみるとなかなか「これは」という呼び名にあたらない・・・。以下は没になった試作の呼称です。

・ゆでそば
・ソースそば
・ソース絡めそば
・湯きりそば

「そば」という呼び名を混ぜるとどうもあの、そば粉を使った麺を思い浮かべてしまいます。かといって「そば」の部分を「麺」に変えたところでいまいちパンチが効きませんし、「パスタ」「マカロニ」にすると味のイメージからとは程遠いものとなります。それに第一の目標である「従来の焼きそばのイメージからの解放」という条件を満たせているとはいいがたいです。いっそのこと調理法に類する名前をつけるのはあきらめ、意味はなくともイメージにのみよって音を並べる、という手法も模索されました。その例として

・ジャー麺
・ボコ麺
・グチャ麺

があげられますが、「あまりグローバルにイメージを喚起するものではない」つまり、意味がわからん、ということでこれらも没になりました。早くも進退窮まったこの企画でしたが、最近意外なところからヒントがあらわれたのです。それは「身近なものでそういう名前だと思っていたものでも、実はある会社の固有の商品名だった」、このような例が探してみると周りに多く見受けられるという事実でした。ホッチキス(ステープラ)、シーチキン(ツナ缶)、ウォークマン(ヘッドフォン・ステレオ)、タッパー(?)・・・これです。商品名というものは耳なじみがよく、受け入れられやすいイメージで作られるものです。これを利用しない手はありません。

ということは・・・UFO?いえいえ。一平ちゃん?ご冗談を!カップ焼きそばを総じる呼称にふさわしい、カップ焼きそばの開祖にしてオンリーワン・・・そう、ペヤングです。

ペヤング、ペヤング。声に出して読むとなんとも脱力を誘う響きもカップ焼きそばの中途半端さとマッチしますし、第一名前の意味がわからないのにみんなが知っている、というところが最高です。一説にはペヤングは二重底になっており、容器が二つに分かれるため二人で食べることが出来る、つまり「ペア」の「ヤング」が食べるためペヤングであるそうですが、最近のヤングはペアで焼きそばを食ったりしないので意味がわからないことには変わりありません。

用例を以下に示します。

「お。ペヤング食ってんの?何ペヤング?」
「一平ちゃん。マヨネーズつきなのが好きでよく買うんだ」

「最近のペヤングって、スープついてんの?」

「あ、買い物行くんだったらペヤング頼んでいい?UFO・・・あー本ペヤングじゃなかったらなんでもいいや」

「またペヤング?ちゃんと食べないと体壊すよ?はい、そんなことだろーと思ってお弁当作ってきてあげたよ。な、なによ、そんなんじゃないよ!ちょっと作りすぎちゃっただけなんだから!感謝して食べなさいよね!」

若干ツンデレが混じりましたが、otaku諸君への軽いサービスです。みなさんもこれからカップ焼きそばと呼ばずにペヤングを使いましょう。実際のペヤングを食うようになればなおベターなんですが、それは計画の第2段階・・・あ、いやゲフンゲフン・・・。

Wednesday, December 28, 2005

MERRYYYYYY!!!無駄無駄。

またジョジョネタで、しかもかなり時季をはずしたojiです。

みなさんたのしいくりすますはすごせましたか(棒読み)。僕はまあいろいろとやってたんですが、そこはそれ、こないだ書いたとおりクリスマスは民衆のための祭りですから、色んなところでその雰囲気は味わいました。

まずデニーズで飯を食ったら、ウェイトレスがトナカイの角のカチューシャをしてました。サンタの帽子をかぶってる子もいたな。あ、もちろんウェイタもなんかかぶってた。さすがに背広の店長らしき人はなんもしてなかったけど。

次に庄屋で酒を飲んだら店員はトナカイの着ぐるみを着ていたりサンタの扮装をしてたりしました。トナカイに向かって「おしぼりが来てないんですけど・・・」とか言って、「すいませんすぐお持ちします!」って言われてもあやまられた気にも急いでもらう気にもならねーという。

コンビニでお茶を買えば店員はサンタ帽子です。街角では無精髭の若いサンタにティッシュをもらいました(しょぼし)。

・・・まてまてまて。おかしくねぇ?

確かにこないだは「クリスマスには便乗上等だ」とか書いたけど、それはお祝いしてはしゃぐ範囲のことであってそういう便乗は違うだろ。いや、某フライドチキン屋とかケーキ屋とかが便乗して、店内や店員にクリスマスっぽい演出をするのはまあわからんでもない。けどなあ、庄屋にサンタがいたって意味がないと思う。サンタに刺身やちくわ揚げ持ってきてもらって、ポン酒で一杯てなんだそれ。最近妙にクリスマスの時期にこんなコスプレが増えだした。前まではここまでなかった気がする。

なんでも宣伝に使って商売にしてしまう、てのは日本人の貪欲でいいところだと思う。バレンタインもそうだし、さかのぼれば「土用の丑の日にはうなぎ」てのも別に根拠はなくて、平賀源内の考えた商売のためのこじつけみたいなもんだし。

でもなあ、さっき挙げたクリスマスのコスプレ集団はとくに客寄せに効果もないですよ。そんなに色んな場所にサンタがいても、ねえ。店員だってなんかいやいややってそうだし。客にとっても、無理やりにクリスマスを意識させられてどうすればいいのだろう、という気になる。みんなが幸せになるためには自分らもクリスマスを気にしなければいけないというのか?なんか押し付けられてるみたいで、嫌。ハチクロの竹本くんのよーな気分になってしまう。

まあね、別にね、どうでもいいんですよ。サンタクロースなんて商売抜きにしてもどこにでもいるし。ユーミン的視点でクリスマスの夜の繁華街をゆく人を見れば、男の1.1人に一人はサンタクロースということになるからな!(9割以上カップルという計算)

それはさておき12月24日の小西さんは最強だと思いました。うなじ・・・。

Thursday, December 22, 2005

いつも心にジョジョネタを。

「サーバにうpしとくわ」という言葉遣いはリアルで使うのやめたほうがいいよなあ、とか最近思うojiです。

今回はジョジョネタです。ジョジョネタとはつまり、「ジョジョの奇妙な冒険」というまんがのネタであり、ついてこれない人は何も面白くないです。

「デスクトップドドド」
というアプリが試用期間ありで公開されてまして。どんなアプリかというと、まあ自分のデスクトップにジョジョ風の擬音が入るだけのソフトです。しかし完成度ははっきり言って高く、ひょっとしたら一瞬モニタにDIO様が映るかもしれない・・・そんな気にさせてくれます。貴様見ているなッ!

というわけで遊んでみました。画像はLaundry氏からいいのを頂いたんですよ。






ブリトニーさんです。パンクな衣服とこっちへのガンのくれっぷりが非常にジョジョ的であり、岩で顔作ってその歯で砕かれそうです。これがブリトニーでなくマライアだと体が磁石になります。






マリリン・マンソンです。すでに怖いです。いきなり「俺を怒らせた」モードに入ってる感じです。そういえばマリリン・マンソンの音楽性も「ドドド」な感じなので、音楽ファンにも違和感のない一枚といえるでしょう。






これはwindowsの画像からですね。C-MOONです。月=重力=愛!


前に画像ネタをやったときデスノートだったなあ、とか思って自分のまんが好きにあきれました。まだまだ大人になりきれません。

Wednesday, December 21, 2005

僕のテキストには載っていませんでした。

夜更かししつつも朝はがんばって起きたい(願望)ojiがたまに更新しにやってきましたよ?

電車の中で中吊り広告を見るのが大好きなんですが、今日も「AERA」の中吊りに変な記事を発見しました。

「あぶない塾講師の見抜き方
・ひざの上に乗せて教える塾講師
・「補習」といって夜の十時に個室に連れ込む講師
・ネクタイ選びに付き合わせるといって外に連れ出す講師等」

・・・。見抜き方っていうか、あからさまにやばいじゃん。
そんな塾講と教え子いたら、もうすでにそいつらやってるって絶対。

今までニュースになった犯罪から、ロリコン危険人物といえばotakuだといのが世間の印象なわけですが、最近のアレでそれに塾講師も加わり始めたというわけです。きっとこれから塾講のバイトやろうなんていうやつは変態を見る目で見られるのだ。このロリコンめ!っていうか、警察だの学校だのでも未成年に婦女暴行して捕まるようなニュースが出てるよな。まんが家も捕まったし。もうすでに日本はロリコンで埋め尽くされているということです。出所したあとに、捕まったときほっぽりだした仕事の続きをやって「完全版」かなんかで完結させたからって済む問題ではありません。

ところでこんな事いうといろいろ誤解を招きそうだけど、世間の塾講はそんなにいい思いをしているというのか?僕だって女子高生をひざの上に乗せて教えられるんなら金払ってでもやりたいですよ塾講!ええやりますとも。もちろん女子大生でも可。むしろ僕がひざの上に乗って教えてもらうんでもバッチコイです。せ、先生、これじゃあわかるもんもわかりません!むしろわかりすぎです(以下妄想により割愛)

・・・しかし最低だな今日の日記。

Thursday, December 15, 2005

聞きかじりをひけらかしてみる。

ねんがんの ダウンツヘブンを てにいれたぞ!ojiです。

クリスマスが近づくこの時期、町は妙にキラキラしてまぶしいですね。こないだみなとみらい方面に行ったらえっらい事になってました。まあいつもの事だけど。

こーいうのを一人で見ると「みんなキリスト教徒でもないのに妙にはしゃぎやがって浮かれやがって、キリストの誕生日に便乗してんじゃねーよFxxx!」と思うのが人情というもの。僕もずーっとそんな気分のクリスマスを過ごしてて、この時期のみんなの笑顔を受け入れられるようになったのはここ数年の話です。それはさておき、もともとはこの時期にキリストの誕生日を祝う、ということ自体が便乗であったことを最近知って驚きですよ。

昔からキリストの誕生日には諸説あるらしいのです。なんでキリスト教自体がそんなに普及してなかったころには聖誕祭(つまり、クリスマス)は地方により1月にやったり8月にやったりしていた。でも、キリスト教なんかよりもっと昔から広く親しまれていた祭りがあって、それは太陽を神様としてあがめる人たちのもの。昔は人々にとって農耕がすなわちライフラインだったろうから、太陽神の信仰が普及していたのも想像に難くないですな。

そのお祭りというのが12月のこの時期に行われていたようです。太陽神にもサトゥルヌスだとかミトラ教だとかいろいろあったみたいだけど、共通するのは冬至をはさんだ期間にやっていたということ。冬になって冬至まではだんだんと太陽が出る時間が短くなっていって、人々はこのまま太陽が出なくなっちまうんじゃないか、なんて心配もする。でも冬至を過ぎればまた日が長くなって、太陽が戻ってくる。来年も農業ができる、やれめでたい、というわけ。

それを4世紀ぐらい、ようやく広まりつつあったキリスト教が、自分らの教えが人々に溶け込みやすいようにこの時期にあわせて聖誕祭をすることにした。とりあえずキリストの生誕をこの日だったことにしたのが、12月のメリークリスマスの起源のようです。実際、聖書のどこを探してもキリストが生まれた日に関する記述はないんだって。

で、その太陽神のお祭りだけど、民衆に親しまれてたお祭りということで、かなり長い期間はでな騒ぎをやらかしていたらしい。奴隷も解放されて、仕事も休み、飲めや歌えの大宴会。羽目をはずして騒いだり、男女がおおっぴらにイチャイチャしようと結構大目に見られたみたい。

というわけで、別に思想なんぞあんまりなくともクリスマスにはしゃいで問題なし、ということです。マライアキャリーを聴こうと、クリスマスツリーが音楽にあわせて妖しく色を変えようと、ここぞとばかりチャイチャイしようと自由ですよ。便乗上等です。だってキリスト教がこの時期にクリスマスをしだしたときも、太陽神信者に「なんだあいつら、太陽をあがめてるわけでもないのに便乗してんじゃねーよFxxx!」とか言われてたにちがいないし。

みなさんも気兼ねなくステキなクリスマスを過ごしてください。みんなが幸せなら僕も幸せです。本当です。泣いてなんかいません、きっと。でもこの水はなんだ。この塩水はなんだというんだ!!

いや失礼。今回は結構うんちく語ってしまった。
興味のある人はキーワードをいろいろ入れて検索してみればもっと詳しい情報も得られると思うのでそちらでどうぞ。

Tuesday, December 13, 2005

秋葉原にて萌えといふものと遭遇するの事。

サンタクロースはみんなの心の中にいます。誰だっていつかは誰かのサンタクロースになる日が来るのです。ojiです。

更新をまたサボってしまって、みんなには寂しい思いをさせました。え?あ、そうスか。
みんなが強がりながら寂しい思いをしている間に、僕はAKIBAに行ったりメイド喫茶に行ったりしてました。AKIBAには主にショッピングが目的で、研究室の先輩後輩とともにいろいろ楽しいお店(怪しげなジャンク露店とか)をまわったのですが、その話はまたいつか。今日はみんな気になるメイド喫茶体験について書こうと思います。

行ったのはAKIBAでも割と有名らしい「cos-cha」というメイド喫茶(夜は制服コスプレ居酒屋)。AKIBAは萌えな店が並ぶゾーンと、昔からのメカニカルでコンピュータなお店があるゾーンに分かれているらしいのですが、この店はなぜかメカなゾーンの中にひっそりとありました。コンピュータなゾーンには詳しいワコさん(先輩)も「いつも通る道にこんなものがあったとは」と驚きを隠せない様子。薄暗い雑居ビルの階段を緊張しつつ上る。・・・が、すでに2,3のグループが待っていた。土曜の昼ということもあって結構込んでいるみたい。

並んでいる間、流れ出る萌えのオーラに押しつぶされないよう各自テンションを上げる。Laundry氏が「俺はジャンク屋行ってますよ・・・」とか弱気な姿勢をみせたものの、全員で「ここまで来て逃げるのか!」的なよくわからん喝を飛ばしつつ無理やり引っ張って店内に入った。「いらっしゃいませー、こちらへどうぞ」とメイドさんに席へと案内される。普通のあいさつだ。ここに来たメンバー全員、うわさに聞く「お帰りなさいませ、ご主人様」を期待していたので、これじゃあ普通のファミレスじゃん、と一旦しぼみかける。それもそのはず、あまり大きくない店内は非常に混み合っており、メイドさんたちもオーダとって料理を持ってくるので精一杯といった様子。余計な萌えを振りまいている暇などなさそうだった。

なんだ、じゃあちょっと制服が変わっている普通のレストランて感じだなあ、とか思ってると後輩のタマダ君が「俺・・もうお腹いっぱいです」とメニューを見てうつむいている。何かと思ったらここのメニューはこの店のサイトみたいな萌え絵を全体にフィーチャした、なんと言うかもうアレなつくりであった。あとメニューと一緒になぜかマスターカードの入会案内が。これも萌えーでアレなつくり。マスターカードをここで作るとこの店に来たときいろいろ特典がつくみたい。「メイドさんの笑顔・・・プライスレス」というフレーズが頭に浮かんで思わず苦笑する。

さらに追い討ちをかけるような出来事が!飲み物を持ってきたメイドさんが、

「アイスコーヒーのご主人様」
ご主人様キターーーーーーー!!でもなんかその日本語おかしくねえ?

さらにこのメイドさん、Laundry氏が頼んだコーラフロートを出すときに「コーラフロート」という言葉を度忘れしてしまったらしく、

「ソーダフロートの・・あ、違った・・・えと・・・あの、その・・・・あわわ」
こいつドジっ子かァーーーーーーーーー!!素でテンパってるとしてもドジっ子という付加価値がついてしまうのがメイド喫茶だというのか!いやいや付加価値を勝手につけてんのは我々のほうか。どうかと思うよ>自分。

あ、飯は普通にうまかったです。かなり高いけど(スパゲッティ950円、コーヒー550円(!))。あふさんが「エンジェルバケット」というなんとも珍妙なものを頼むひとコマもあったけど、基本的に何事もなく食い終わりました。店の薄型テレビで延々流れる「アドベント・チルドレン」を眺めてぼーっとする。これでメイド体験も終わりかなあ、と思っていたときにイベントは起こった。

なにやら会社員風の男とメイドさんが店の中央に立った。男はジョッキビール、メイドさんはグラスにウーロン茶を持っている。で、メイドさんが高らかに宣言した。

「いまからこちらの方とわたしでイッキ勝負をします!お客様が勝てば私の写真を、負ければ残念賞で私のビンタを差し上げまーす!」

店内大盛り上がり。
僕もその賞品はどうよ、とか思いつつも突然のイベント発生に盛り上がる。そしてイッキ開始・・・と思いきやメイドさん早ッ!!2秒でグラスが空になってました。健闘むなしく負けた会社員は約束どおりのビンタをもらって退場。客から盛大な拍手が贈られる。会社員も「名古屋から来たかいがありました!」といってさわやかに去っていった。スーツだったってことは出張かなんかを利用してきたのか。アンタほんまもんの男だよ(男と書いてアホと読んでください)。

程なくして僕らも席を立つ。会計をして、おつりをもらうとき必要以上に手を添えられた。いやもう手ぇ握ってんじゃねえかくらいに手を添えられつつ、「お気をつけて行ってらっしゃいませ」と言ってもらって、一同大満足で店をあとにしたのであった。

いやー世の中には色んな空間があるなあ・・・と実感した。まあ二度と行かないとは思うけど、ちょっとでも面白そうとか思う人がいたら老若男女問わずotaku,anti-otaku問わず一度は行っとく事をお勧めします。けっこう女性客もいたし。

Tuesday, December 06, 2005

小西さんとは何の関係もありません。

なんというか、まあojiです(たまにはなんのアイデアのない日もあります)。

今日はまたまた某サイトにインスパイヤされて「こんな今日の大丈夫はいやだ」をお送りします。


(薄暗い取調室で)
「ねえ、正直に話して?大丈夫!」


(合格発表で)
「全部落ちちゃったの?だ・い・じょ・う・ぶ!」


(冷たいコンクリートむき出しの部屋で)
「つかまっちゃったね、スパイさん。これからひどい拷問だよお。大丈夫?」


(ベッドで迎える二人の朝、彼女の携帯が鳴る)
「もしもし・・・やだ、どうしたのこんな時間に?え、今から?もうそこまで来てる?いや・・・大丈・・・夫・・」


(月曜の朝)
「あと五分寝ても、きっと大丈夫よ」



たららんらん、らんらんらん、らんらんらんらん。

(よく晴れた秋の午後、二人は埠頭のベンチに座っている。)

とるるるる・・・
「あ、電話あたしだ・・・ごめん、ちょっと出るね。会社からなんだ」

(そういって少し遠くに離れる彼女。)

「今日はかけてこないでっていったでしょ。あたしだってオフなんだから」
「は?うんうん、で?それがあたしに電話した理由?ちょっと待ってよ、それぐらいそっちで処理できるでしょ」
「あァ?あんたこの仕事何年やってんの、昨日今日始めたガキじゃねーだろーが」
「黙れクソが。てめーら一人一人の身までかまってられるわけねーだろ!」
「ったくいつまでたっても使えねーなてめーは。母ちゃんのケツから出てくんのが早かったんじゃねーの?ゲハハ!」
「いいか、七時だ。七時までになんとかしろ。手段は問わねー。俺が許す」
「ミスしたら・・わかってんな。あ、お前すでに腎臓片方なかったっけ?まー関係ねーか」

(電話を切りざま、道につばを吐く彼女。こちらに笑顔で戻ってくる)

「え?大丈夫大丈夫。問題ないよ」

ちゃんちゃんちゃんちゃん。



ブラックなネタばかりですいません。

Friday, December 02, 2005

モダン・レトロ・キョート・アゲイン。

胸ポケットのパパの逆十字が守ってくれたojiです。

研究会という、学会よりかなり規模の小さい会合があったのでまた京都まで行ってきました。

まあ今回は一泊だし観光もなし。かなり出張的な感じだったんで楽しい話はないんですが、なんというか京都的な雰囲気は味わってきました。「京都的な」というのは、「古さは残しているくせに必要なところはちゃっかり新しいものを取り入れている」感じ。

会場となった京大の湯川記念館がそんなんだったんですよ。階段上がるとぎしぎし言うような木造の癖に、講義室にはデジタルの映写機も音響施設もばっちり整っている。さらに夜6時を過ぎると入り口の扉はオートロックになる。や、扉自体は塗装もはげかけてるような古そうな感じなんだけど。ハイテクは取り入れてても暖房は石油ストーブだったりするのがまたたまりません。スクリーン近くにおいてあったんでパワポの映像に空気の対流が映ったりするんですよ。ステキすぎ。空調まで設備を入れると大きな改築が必要ってことなんだろうか。

宿は、京大がおそらく研究者を招いたときに使う宿舎に泊まった。これも外観は一昔ふた昔まえのアパートって感じなんだけど、なかはちゃんとしたビジネスホテル風の部屋だった。ベッド、ユニットバス、エアコン完備。目覚まし時計が部屋に2つあったのは基礎物理研究所のゲスト用の宿だからだろうか。物理屋は時間にルーズなイメージが・・・そんなことはないと信じたい。建物自体は古くてドアとか隙間がかなり空いてたりした。なんでエアコンつけてないとすぐに部屋の気温が下がる。暖房の効率悪そうだなあ。

ほかにも入った定食屋が木造のくせに自動扉だったり、見かけたバスはムチャクチャくすんだ色合いでレトロな感じに作ってあったし。こんなの。一泊でもそんな京都っぽさは満喫してきました。

「京都に住んでみたいなあ、でも住んじゃったら慣れちゃうのかな」とは一緒に言ったあふさんの言葉。それ聞いて、住めば都の逆はなんていうんだろうとか思った。