北風に千鳥格子

なりゆきで始まった超私的ブログ。更新凍結。近日ネットの藻屑と消えます

Wednesday, March 08, 2006

まんがの話もいいかげんにしたらどうか。

携帯電話は広告メール受信機じゃねえということを、けっして自分の携帯をその地位に甘んじさせていてはいけないと、はっきりと主張したいojiです。

そういえばジャンプの「タカヤ」がものすごい展開。

業界ではこういう急に漫画のジャンルが変わることを「テコ入れ」というらしい。まあ人気回復を狙った方針転換ですな。でもここまでのレベルのものはそうそうないだろう。まさに異次元に飛んだ感じの展開。先週のその伝説的な展開に立ち会ってひっくり返ることができた僕は勝ち組ですかね。

でも最近のジャンプではいつのまにかバトルまんがになってるの多くないですか?「REBORN」も「ムヒョロジ」も「みえるひと」も最初は気の抜けたギャグとか数話完結のイイ話系のストーリィだったのに。

ムヒョロジやみえるひとはあんまり読んでなかったけど「REBORN」はなあ・・・。前までのストーリィみたいな、どんどん色んな新キャラが出てきて好き勝手するドタバタな学園ギャグもの、ていうのはもちろんありがちだけど僕は好きだったのに。そういうの、僕の心の中では「奇面組系ギャグ」と勝手にジャンルができてます。なんでバトルものにテコ入れされて少し寂しいです。

でも、こういったテコ入れも昔からのジャンプのお家芸かもな。
「幽遊白書」の最初の2巻とそれ以降とか。
「リーダー伝たけし」とか。
「遊戯王」とか。
古くは「キン肉マン」もそうだ。
そういえば「タルるートくん」や「Dr.スランプ」にすらトーナメント編があったぞ。

なんだかなあ。

そういえばwikipediaのタカヤの項はちょっとした祭りです。最後に一つ予言・ファンタジー編は閃武学園が用意した、マトリックスみたいなシミュレーション世界である。

Monday, March 06, 2006

プリミティヴ・ブリリアンス。

捨てアドはhotmailのojiです。

このところ初期の美味しんぼを読み返してます。

いやあ最高ですね。実は相当のパンクまんがだったというか、今の美味しんぼにはないアヴァンギャルドさであふれています。
初期の美味しんぼにあった古きよき特徴を並べてみましょう。

・山岡さんのアゴがしゃくれてる。
・社会的にもしゃくれてる。
・栗田さんがとても新卒とは思えない幼さ。
・雄山の高笑い。
・雄山の怒鳴り声。
・雄山の罵倒。
・雄山の卓の上の食べ物全ひっくり返しの術。
・副部長の髪が多い。
・部長が腹に一物秘めてそう。
・社主が大物っぽい。

特筆すべきはやはり山岡さんのシャクレっぷりでしょう。アゴのシャクレは3巻では落ち着いてしまい、社会的なシャクレも巻を重ねるごとに丸くなっていってしまいますが。1巻がシャクレのピークだったわけで、そんな1巻がもー最高です。

各界の文化人に「こっけいだねえ!」とタンカをきる山岡さん。
たぐい稀な味覚をうっかり発揮してしまい究極のメニュー担当に任命されるも「料理の記事なんか興味ない」と突っぱねる山岡さん。
栗田さんがペンギンのエプロン姿で握ってきたおにぎりを食って一言「30点・・」の山岡さん(いや、ペンギンのエプロン関係ないけど)。
でも一個全部食う山岡さん。
地下鉄の駅で栗田さんに対して「誰とも会いたくねえんだ!」「帰れ!」と激昂する山岡さん。

この第一巻を読むと、山岡さんがいかに悲しみを背負ったハードボイルドな人物であったかが分かります。雄山を見て美食を追及することに大きな憎しみを抱くようになった山岡さん。しかし雄山によって体に教え込まれた感性というか、食への厳しさは抜けるものではなく、彼はそのことに葛藤もしています。そんな山岡さんがわざわざ究極のメニューなんていう料理の記事を担当するのも、もともとは雄山への復讐のためだったのですよ。なんて壮絶な展開なんだ!

そんな屈折した山岡さんと、まあ無垢というか世間知らずというか、いつでもまっすぐな栗田嬢との対比と衝突が物語を盛り上げます。いやーいいね。

それがいまやどうよ?本当に最近の展開は知らないけど。なんだかみんな丸くなりやがって。「ぐぬぬ・・・」じゃないだろ山岡。でもパパだししょうがないのか。まさか山岡さんが家庭を持つとはねえ・・・(ため息)。この間ある海苔のような男が「雄山はツンデレだ」とか言ってたし。そんなにひどいのか?金上とかいたあたりは「俗物に吼える雄山」がまだ見れて満足だったのに。どこにいるんだ金上。カムバック金上。名前からひどいぞ金上。

時の流れはいろいろなものを変えてしまう。本当に美しいものは心に突き通る一瞬の閃き。いつだって人は一瞬美しかったその時を思い出すのみなのだ。なんだこのシメ。

Friday, March 03, 2006

すべてが1/fに(以下略)。

ココナッツサブレはマジでアレですね、若者風に言うとヤッベ!これマジヤッベ!とまんねえ!ですね、ojiです。

研究室に入ってきた新四年生に「研究が始まるまでに、どんな本を読んだらいいですかね?」とか聞かれました。

まー僕のいる研究室は手広くやっているので、特に「これっ!」っていう参考書がないのは確か。とりあえず統計力学っぽい手法を紹介している啓蒙書や新書なんかをススメとこうか、なんて思って、自分でも昔に読んだ武者利光センセイの「揺らぎの世界」をまた開いてみました。

久しぶりに読んでもやっぱり面白い。内容もそうだけど、武者さんの文章が適度に砕けていて読みやすくてよい。ぺらぺら眺めていたらちょっと面白いトピックを発見したので書き留めておこうと思います。いろいろな絵画の色調の変化に対するパワースペクトルを取ると、その関数は周波数の-2乗から-1乗の間に入るらしいのです。-1乗はいわゆる「1/fゆらぎ」って言うアレですよ。

「パワースペクトルをとる」ってのは、ここでは色調の変化の距離に関する相関をフーリエ変換すること。相関が長く続くほうが、パワースペクトルは周波数が大きくなるほど急に減少するようになる。で、この操作を距離と色調の相関についてやってみたという。写真だとか、写実的な絵、ラフなデッサン、一番単純な絵として「がんばれタブチくん」のヤスダの絵。タブチでなくヤスダというところに武者さんの微妙なセンスを感じるが。

その結果、パワースペクトルは写実的な絵のほうが周波数の-2乗で減少して、単純になるほど緩やかになってヤスダの絵で-1乗に比例するようになったんだって。へー。いしいひさいち氏の、あんな線画というか単純なまんがでも、相関関数をとったらちゃんと何らかの秩序が出てくるところに驚き。逆に何か統計的性質が見える絵だったら、どんなに単純な線で構成されてても、ヒトが見てただの線以外のなにかを感じる絵(「これは人の絵だ、ヤスダの絵だ」とか)ということになるのか?

じゃあこれを利用して、パワースペクトル1/fの自己相関をするように乱数に重みをかけてドットを適当に紙に打ったりするとなんか意味があるっぽい絵になるってことですかね?意味がある絵のよーに認識しようと脳が働くってことですかね?抽象画ってことで儲かりませんかね?

ここまで書いて「それってマンデルブロさんとかがとっくにやってんじゃん」とか思った。チッ。

さらに読んでいくと、この「1/f」っていうのは人間に深く関わっているようなんであった。片足立ちの体のゆれも1/fなら心拍数のゆらぎも1/fだし、音楽でも心地よい音楽というのは1/f揺らぎらしい。周波数-2乗に比例する音楽だと相関がありすぎる=音の変化が緩やか=退屈、で、-1乗以下だと音の変化がランダムすぎてよくわからん、ということになるということですな。

「秩序」も「混沌」もO月研が良く扱う「その間のよくわからんもの」も元はといえばすべて人の認識、思考、論理といったものが生み出している(のだ、と思う多分)。で、その人間の認識における秩序と混沌の境目、エッヂ・オブ・カオスはどこかというと「1/f」というところに秘密がありそうなんだなあ、とか思った。人間は自分の生きている1/fに揺らぐ世界を基準として、秩序とそうでないものを判断するってことを無意識にやってんじゃないか、とか。

もっと研究すれば1/fでいろいろ儲けられそうなのになあ。僕の知る限り「1/f揺らぎ扇風機」くらいしか商品化の例はありません。

新人アーティスト「プロデューサ、曲書いてきました!」
プロデューサ「ん、そう。さっそくパワースペクトルとって見ようか」
・・・・
プロデューサ「むう、指数-0.85か。微妙だな。最近の流行はどうやら-1.1~-1.3ということになってるしなあ、もっとなんとかならんのかい」
アーティスト「曲書いてるときはスペクトルなんてわかんねーよ!!」

とかなあ。妄想でした。