北風に千鳥格子

なりゆきで始まった超私的ブログ。更新凍結。近日ネットの藻屑と消えます

Tuesday, April 28, 2009

のび太にもとりえの一つくらいはある。

ojiっちゃojiだし、ojiじゃないっちゃojiです。

こないだの更新で7ヶ月ぶりの更新となりました。まあこんなんブログといっても、インターネットの広大な蜘蛛の巣の端のほうで今にも滴り落ちそうな朝露のごときアレなわけですが。

で、いい機会なんで久しぶりにブログをつけはじめた当初から読み返してみたわけです。学生時代に書き込んだ内容がその大半で、思ったのは「なんかトガったこと書いてんなあ」ということでした。

トガった、といっても別に反社会的な思想の持ち主とかじゃなくって、世の中に対してよく言われていることとか風潮とかに対して、自分は少し違うと思ったことがあったらそれを臆面もなく書いている、という意味です。まあ若い、とか、青い、とも言えますがね。

最近はそう思ってもあまり表に出すことがなくなっています。「こんなことを言ったり、書いたりしても誰にも理解されないだろうし、自分が変わってるってことだからそれでいいや」というように自己完結してしまうみたいです。それがこのところ日記を書くモチベーションの低さにもつながっているように思えます(モチベーション低いってレベルじゃねーぞ!という指摘は正しい)。

まあモチベーションの低さに関して言えば、僕自身が丸くなったというか社会に適応したともいえるかもしれないです。例えば先日の草なぎメンバーの珍騒動も、僕としては同情はするけどやはり前後不覚になるまで酒を飲むのは社会人としてダメだ、と感じました。活動の自粛や世間の批判もやむなし、というように。ところが学生時代から読んでるブログ(僕より年上で、文筆業の人です)は「まったくこの現代社会ってのは心が狭いぜ!」ということを声高に主張されていて、それを読んで僕は自分も学生のころならこういうことを言ったか書いたかしたろうなあ、と思ったのです。

何度も書いてますけど、ブログの面白いところは「個人の意見や感想が生で読める」ってことだと思っています。別に根拠とかなくてもかまわず表明できる単なる「発想」です。まあ結局それはそれでしかないのですが、ときどきやっぱり自分には絶対にできない見方、感じ方を提示されることがあって、それはとても刺激的な体験となります。

で、読んで刺激的というか面白いものを書こうとすると、それはやっぱり人の意見と違うほうがいいわけですね。みんな言ってることと同じこと書いても面白くない。僕が社会に適応していくにつれて、そういった「違う発想」自体をあまりしなくなった、それも日記を書く頻度の低下の原因かなあとも考えます。(ま、これは前述の「違う発想をしても表現する前に自己完結してしまう」よりはむしろ良い傾向かも知らんのですが、社会的に言って)

うーん、ながながと反省をしてみましたが、実はこの話はこれより後がありません。「じゃあどうしよう」って話でもないし。僕は反省はしてもあんまり次に生かさないのび太型人間であるからして・・・

ちょっと救いなのは、このブログ、開始当初から「自分があとで読んでニヤニヤするためのものである」って何度も表明してて、その狙いだけは達成しているという点です。今回数か月分だけですが読み返して十分ニヤニヤしましたし爆笑も結構しました。自分で書いたのに。

さっきトガってる、って書きましたけど、それは話の内容だけでなくむしろ表現のほうですね。僕だけが面白いような一文が惜しげもなくバンバン出てきます。例えば「クリープのないコーヒーなんてブラックコーヒーのようなものです」なんて普通に何の意味もない上にクリープのCMを知らなきゃ日本語テキストの例文以下と化すウンコみたいな文章です。こんなん誰が面白いと思うんですか。まあ、僕です。冒頭の「~、ojiです。」もノリは大体同じなんですが。

あと「頭を丸めてfirefoxの伝道師となる」とか「喫煙者が戦争の原因を作っているわけですが」とか「巷でうわさのブログ観音眞鍋かをり」とか、いちいち物事を大げさ、かつナンセンスにいうスタイルは最近の僕の文章からめっきり影を潜めていますね。いやー、アホだなあ本当。最高です。前はこういうのキーボードを叩いてればパッパカ思いついた気がするんだけどなあ。

もういいんだ、原点にかえろう!明日の自分が、来年の自分が、十年後の自分がニヤニヤするために数少ない読者をも置いてこう!もう読者僕だけでいいよ!と、宣言っぽくとりあえず書いときます。結局書くのも僕だからどうなるか知らんけど・・・僕の人生のテーマは「優しい人になる」と「できるだけ無理はしない」なんで。

あ、読み返して一番笑ったのがlaundry氏がやたらイケメンとして持ち上げられてるところです。当時の僕のルサンチマンの発露といったところでしょうか。まあ彼は今でもモテなんだろーけどな!

1 Comments:

  • At July 05, 2009 5:47 pm, Anonymous wako said…

    確かに平均からのズレに面白さがあることは多いけど、本人が自覚してないズレにその人の本質的な面白さを感じる。それはどんなに丸くなってもそのまま残ってしまう部分だと思う。それが本質的な個性のような気がする。

    まあだから、深く考えずに書いてみるのも一つの手ではないかな。特にojiさんの屈折具合は社会的な圧力程度では到底矯正しきれないとと思うので大丈夫。

     

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